[ビデオ国会活動報告] (衆議院TV)
H18.4.18 行政改革特別委員会:行革推進法案
H17.10.28 イラク支援特別委員会:
H17.10.20 安全保障委員会:防衛庁職員の給与等
H17.10.4 安全保障委員会
H17.4.27 安全保障委員会:テロ特措法・基本計画変更
H17.4.25 決算行政委員会:決算報告
H17.4.7 安全保障委員会:防衛庁設置法改正
H17.4.1 安全保障委員会:防衛庁設置法改正
H17.3.17 安全保障委員会:防衛大綱・中期防
H17.3.15 本会議:防衛大綱・中期防
H17.2.17 安全保障委員会:国の安全保障

[2009年] (文責:事務所KO)
2009.5 第8回フォーラムSPAN勉強会開催

第8回目フォーラムSPAN勉強会を開催した。講師に、構想日本代表・東京財団会長の加藤秀樹さんをお招きし、政治の目指すべき方向性について議論した。


[2008年] (文責:事務所KO)
2008.7 第39回日米国会議員会議に共同議長として参加

2007年1月に女性初めての下院議長となったナンシー・ペロシ議長。前任のハスタード前議長とは、同会議を松田先生と発足させて以来の長い付き合いであったが、ペロシ議員との接点はそれほどなかった。今般、お忙しいなかペロシ議長に議論に参加いただいた。ペロシ議長は、対中強硬派と言われるが、日本に関する発言はあまりされたことがない。実は今、アメリカにとって、日本の戦略的重要性が低下してきている可能性がある。これは日本にとって非常に問題である。今回の議論では、その部分に焦点をあてて会議に挑んだ。


         ペロシ下院議長と                  McDermott議員と
2008.6 第7回功亀会。講師:佐藤ゆかり先生

6月初旬、今回で7回目となる功亀会が開催された。今回は、東京5区に国替えされた衆議院議員佐藤ゆかり先生をお招きしての勉強会。テーマは、確定拠出年金。大野は現在、党国家戦略本部の確定供出年金に関する特別委員会で、委員長をしているが、佐藤先生はその委員会の事務局長。常日頃から、あるべき年金制度について議論している。

理念的には、基礎年金は国が面倒をみて、上乗せ部分は確定拠出制度を導入しようとするものだ。既に同制度は始まっているが、加入率が悪い、もしくは使い勝手が悪いなど、改善すべき点が多々ある。多くのご意見を皆様から頂戴し、徹底的に議論していきたい、と大野は意気込んでいる。


2008.6 第一回公式日米国会議員会議に出席

日米両国の国会議長の提案により行われた、公式行事としては初めての日米国会議員会議が、6月15日から数日に亘って開催され、大野も参加した(日本側参加者は超党派議員総勢12名、団長は中山太郎先生)。政府の正統外交とは異なり、また非公式の議員外交とも異なる、新しい試みである。大野がこれまで共同議長として携わっている会議は、自由闊達な議論を重視し、非公式としてきたが、これで議会交流に深みが増すことになる。

会議日程の合間に、スコウクロフト元国家安全保障会議委員や、日頃親交の深いアーミテージ元国務副長官とも、幅広い議論を行うことができた。


     公式会議の様子         スコウクロフト元NSC委員

   アーミテージ元国務副長官       公式会議の様子2

2008.4 自由民主党本部国際局主催「議員が読み解く国際政治」にて講演

掲題のセミナーが、4月23日、永田町にある自民党本部で開催され、「タテめしよりヨコめしを!」と題して、国際社会における日本の役割と、日本が果たすべき責任、そして日本の外交力強化の為に必要な方策について、1時間ばかり講演させていただいた。ご静聴いただきましたみなさま、ありがとうございました。


2008.4 ForumSPAN第6回勉強会

今回のお相手は、経済財政担当大臣太田弘子さん。現状の経済情勢分析をはじめ、日本の経済が安定成長するために取るべき方策を議論した。



2008.3 対談:三宅久之 v.s. 大野功統

TVタックルでおなじみの政治評論家、三宅久之氏との対談を、大野の地元香川県観音寺にて実施。税制関連法案の審議や自衛隊の組織について、またマスコミのあり方や最近の風潮など、時には機微に触れる問題についても両者積極果敢に熱弁をふるった。いつもの大野節に加え、今回は三宅節の炸裂で会場は大盛り上がり。


[2007年] (文責:事務所KO)
2007.6 尚美学園大学大学院公開講座「格差問題と政策課題」にて基調講演

大野の旧友のご紹介で、掲題の大学の公開講座で講演させて頂く機会があった。格差問題が取り沙汰されているなか、大野は故郷香川県を例にとり、格差の現状分析と、日本がとるべき政策について1時間熱弁を振るった。



2007.1.11 コーヘン駐日イスラエル大使来県

コーヘン大使から香川県に訪問したいとの申し出があった。大使は人々とのふれあいを大切にされる方で、これまでも日本各地を講演して廻られている。こうした顔の見える外交活動は、たとえ地道でも非常に意味のあることだ。大野は、日本イスラエル友好議員連盟幹事長としてコーヘン大使の来県を歓迎した。

丸亀市長や香川県知事への表敬訪問のあと、香川大学のご厚情により「ユダヤ人と日本人」という演題で講演会を開催することとなった(関係者の皆様には大変ご迷惑をおかけしました)。講演会冒頭で、大野は「国同士の友好関係はその国のことを知ることが大切。それには直接その国の人とふれあい、話を聞くのがベスト、今日は大使から直接お話を聞きたい」とあいさつ。それに応え、大使も「今年は100人を超える日本のリーダをイスラエルに招くなど、お互いの交流を促進したい」と意気込みを見せた。

写真左:香川大学一井学長と懇談するコーヘン大使・バース参事官(右)
写真右:香川大学講演会で冒頭あいさつする大野

[2006年] (文責:事務所KO)
2006.12.14 ドミニカ共和国功労勲章を賜る

年末も押し迫る12月14日、日本ドミニカ共和国友好議員連盟会長大野功統の勲章授与式ならびに叙勲記念パーティが、同国大使館、同議連、ならびに日本中米カリブ友好議員連盟(鳩山邦夫会長)の共催のもと、都内のホテルで行われた。

大野が同議員連盟の会長となったのは昨年7月。爾来、同国のホセ・ウレーニャ駐日大使と緊密に連絡を取り合いながら、大統領来日時や同国への投資促進、日本人移民問題などについて協力関係を築いた。また、今年5月には日米国会議員会議日程の合間を縫って、同国を訪問、副大統領など首脳陣と会談した。叙勲にあたっては、フェルナンデス大統領から同国で授与式を行いたいとの打診があったが、大野の日程の都合がつかず、辞退申し上げる旨連絡したところ、国内で同国駐日大使から授与されることとなった。

授与式及び叙勲記念パーティには、共に汗を流した尾辻先生・今津先生・北村先生や、をはじめ多くの国会議員の先生方のご臨席を賜った。また、山崎拓先生や日本貿易振興会・渡辺理事長をはじめ、三菱商事・佐々木会長や富士通・鳴戸顧問、商船三井・鈴木会長、カトキチ・加藤社長、タダノ・多田野栄相談役など、政財界の方から祝辞を賜った。

ドミニカ共和国など中米諸国と日本、そしてアメリカの三角関係の構築が、世界の平和と経済発展にとって非常に重要である、というのが大野の持論。今後も努力を続けたいと意気込む。
2006.9.5 モザンビーク共和国ダニエル・アントニオ大使来県

2ヶ月前アフリカ南部6カ国を訪問した際、モザンビーク駐日大使にはわざわざご同行いただいた。その後、大野が「香川県のすばらしいところを見てほしい。そして有名な普通のうどんを食べてほしい」とお願いしたところ、今回の来県となった。在県中、漁業関係者(漁連など)、農業関係者(農家の方々や農協)、教育関係者(大学・行政)、財界(同友会など)の方々と直接意見交換ができたのは有意義であったとおっしゃられていた。

モザンビークはカンボジアに続く自衛隊の2番目のPKO派遣地であり、その意味で日本との関係が深い。現在貿易は海産物(エビ)が主だが、人的交流を含め、幅広い交流が進むようになることを期待している。
2006.7.22
   |
2006.8.3
アフリカ6カ国を訪問

7月22日夕刻の便でアフリカ南部6カ国を訪問した。日本政府は現在アフリカとの関係を重視しており、昨年もアフリカの年とし、ODAも向こう3年間で倍増する計画だ。国会でもアフリカの戦略的意味合いを重視し、森前総理を会長とした日本・AU友好議連を設立し(2003年)、アフリカの53カ国すべてを訪問することとなった。今回、大野は南部地域訪問団の団長として、ジンバブエ・モザンビーク・南ア・ボツワナ・マラウイ・モーリシャスの6カ国を訪問した。



各国の大統領に訴えた最大のポイントはもちろん友好促進である。特に人的交流の重要性、貿易促進だ。もちろん外交上の問題、特に北朝鮮やイラク問題についても日本の立場を訴えた。北朝鮮問題については、当方の訴えに対して大きな賛同いただくことができた。



さらに、日本の行っている資金協力について、厳しい財政状態の中の決断であることを訴えた。先方からは、資金的協力もさることながら人的協力・ノウハウの伝達に対しても期待するところ大であるという趣旨の発言をを頂いた。

アフリカを是非とも遠くて近い国にしていかなければならない。
2006.6.29 猪口邦子大臣との少子化対策論議(ForumSPAN勉強会にて)
6月29日、東京都内で開催された「少子高齢化時代の家族政策」と題したセミナー(ForumSPAN)で、猪口邦子内閣府特命担当大臣(少子化担当)とのパネルディスカッションに参加した大野さん。少子化担当大臣と前防衛庁長官という組み合わせに、一瞬の違和感を覚えたが、猪口大臣は防衛に関する数多くの公職を歴任され、国連軍縮大使も経験されている。一方の大野さんも二年前には年金制度調査会長を、現在は社会保障制度調査会副会長を務めており、非常に内容の濃いセミナーとなった。
セミナーの最後に大野さんから軍縮問題と少子化対策のどちらの仕事が好きか聞かれた猪口大臣。「平和問題と少子化は基本的には同じ問題なんです。家族愛から平和が生まれ、また少子化対策にもなる」とのご賢察に、参加者一同、深く感銘を受けた。

2006.5.22 ケアタウン小平を視察(看護技術者対策議連として)
2006.5.8 コスタリカ大統領就任式に政府特派大使として出席
2006.5.5 ドミニカ共和国に訪問。副大統領を表敬訪問(日本・ドミニカ共和国友好議員連盟会長として)
2006.5.2 恒例の日米議員会議に日本側議長として出席
2006.1.12 訪仏議員団、仏議員と社会保障制度などについて大いに議論
 
 1月12日から5日間にわたって、訪仏議員団(団長は津島雄二先生)幹事長としてフランスを公式訪問した。カンタン仏日議連会長(国民議会議員)には、空港まで出迎えて頂いた上、訪仏期間中の全日程に公設秘書をつけて頂き、また自らも殆どの日程に同行頂いた。日本ブームと言われて久しいフランスだが、議会関係者の対応からも十分にその雰囲気が伝わってくる。

写真は議長公邸における訪仏団歓迎レセプション。左から江崎先生、大野、カンタン会長、ドゥブレ国民議会議長、津島先生、鳩山先生。

 会議の議題は多岐に及んだが、最も白熱したのは社会保障制度問題、特に少子化問題だ。フランスの出生率は70年代までは2.4%を維持していたが、94年に1.66%まで激減。しかしその後、景気回復もあって03年には1.9%まで回復している。この回復について、バ社会保障担当相やエラン国立人口問題研究所長は、政府が行った少子化対策政策の成果も一因だと述べられていた。
 仏ではこれでもかという少子化対策が実行されている。04年1月から施行されている「家族のための新たな10の措置」では、出産費用に関し、従来の生活保護的な給付制度を改め、世帯の90%をカバーするような大盤振る舞いの制度に改めたり(月収4210ユーロ以下の世帯に妊娠7ヶ月時に800ユーロ、満3歳未満まで月額160ユーロを支給)、仕事と育児の両立支援策として家庭のニーズに併せた託児形態と女性に対して休職を自由選択できる育児サポートの充実、民間企業が託児施設を設置する場合の税制優遇策などを実施している。
 日本でも、少子化対策の一環として児童手当の支給対象年齢を現行の小学3年から小学6年に拡大し、保護者の所得制限も緩和。予算額も二千億円超と、前年比の40%以上の増加となっている。政府のこうした対応に、効果に対する検証が不十分とかばら撒きとかの批判があるが、何か手を打たなければならないのは事実だろう。
 以上は、意見交換の例であるが、一方で日本の主張というのも重要だ。例えば日本の議会では憲法議論が進められているが、フランスでも話題になっているとのこと。なぜ改憲なのか。改憲にはどういう意味があるのか。訪仏議員団は日本がやろうとしていることを先方議会に誠心誠意説明した。
 

[2005年]
 (文責:事務所KO)
2005.11.20 税制調査会副会長・基地対策特別委員長など
 
 自民党の基地対策特別委員長・税制調査会副会長などを拝命いたしました。
 
2005.10.29 在日米軍再編協議、日米間合意に達する!

 今夏、予想していなかった衆院選が行われ、在日米軍再編協議のプロセスが1ヶ月間遅れてしまった。その遅れを取り戻すべく、選挙が終わると大野さんは連日連夜の作業にとりかかった。この9月・10月の2ヶ月間の忙しさは過去数年を振り返ってみても尋常ではない。特に最後の数週間は大野さん自ら現場に乗り出し、米側や基地を持つ地元側との熱い交渉を行った。例えば合意に達する直前は、ホテルの一室に部屋を借り、深夜2時頃までかかって交渉にあたったこともあった。大臣自らそうした交渉現場に乗り出すのは極めて異例で、スタッフにもその意気込みが伝わってくる。しかし、そうした苦労の甲斐もあって、日本側が提案する案を米側が受け入れてくれた。

 実は交渉過程では様々な政治的揺さぶりがあった。例えば「国防長官は大野には会いたくないと言っているそうだ」とか「大野は英語でずばずば言いすぎる」といった類のものもあった。しかし、大野さんは全く動じることもなかった。後日談であるが、防衛庁長官を離任することとなった当日にラムズフェルド国防長官や稲嶺県知事、在日米軍司令官らから、労いの言葉を頂いた。こうしたお手紙はスタッフとしても心にしみる。

 合意確認のための日米安全保障協議委員会(2+2)に参加するため、町村外務大臣とともに米国ワシントンDCに赴いた。10月31日には官邸から禁足の指示がでていたので、実にトンデモナイ出張となった。10月28日に出発。同日夜10時頃到着し、翌29日朝から協議委員会開催。同昼にはワシントンを出発した。結局48時間の出張であったが、30時間強は機中に居たことになる。

 就任当時に総理から指示があった3つの大仕事のうちの最後のもの(米軍再編協議)も片付けることができた(1・2番目は防衛大綱とイラク派遣延長問題)。この3番目の仕事は実に厳しかったが、仕事を着実にこなす大野さんに対する信頼感は高まったようだ。
 
2005.9.28 国防省で発見した讃岐顔

 活動報告ではないが、面白いものを発見したのでこの場で紹介する。米国防省の廊下には様々な写真が貼り出されているのだが、良く見ていると、大野さんの写真もあった。日本人で写真が貼り出されているのは大野さんだけだという。アメリカが日米同盟を大切にしているのが良く分かる。
 
米国国防省の廊下で発見した讃岐顔。日本人唯一だそうだ。
2005.8.24 育てます!未来に輝く子供達
 
 「ピクルス王子の市ヶ谷台探検ツアー」という名前をご存知の方はいらっしゃるだろうか。毎年夏休みに各省庁が広報活動の一環として行っている「子供霞ヶ関ツアー」の一つとして、防衛庁が実施しているツアーだ。昨年は8月24日から2日にわたって行われたが、実は衆議院選挙日程と重なった。「子供には夢がある。是非参加したい。」と、地元での活動を中断して台風の中を東京までトンボ帰り。大臣室では子供たちからたくさんの質問が寄せられた。
 「育てます、未来に輝く子供たち」とは、大野さんの政治スローガンであるが、そうした姿勢に応えてくれたのか、子供たちにアンケートをとったところ、一番印象に残ったのは大臣に会えたこと(55%、2位は14%で儀仗見学)だったそうだ。

防衛庁大臣室にて
 
2005.6.8 ミサイル防衛庁長官来訪
 弾道ミサイル攻撃を受けたらどうするか?ある新聞社の世論調査によると67%の人がミサイル防衛システムの導入を支持しているという。先日、シンガポール滞在中に、日米で共同研究を進めている将来型海上配備型迎撃ミサイルを開発段階に移行することを発表したが、今日はその協議の為に来日している米国ミサイル防衛庁長官のオベリング空軍中将と昼食を共にした。
 共同研究を行っているのは、導入が予定されているスタンダードミサイル3(SM3)の後継として考えられているもの。SM3よりも一回り大きく、防護範囲が広い。また迎撃ミサイルを攪乱するデコイにも対応できるなど、SM3よりも性能が高い。
 
2005.5.5 ゴールデンウィーク
 例年であればゴールデンウィークは日米議員交流プログラムに参加するため米国で過ごすことが多いが、今年は例年とは違った行動となった。一つはフィリピン・オーストラリアへの訪問。もう一つは東郷平八郎を称える記念式典だ。今年は日露戦争百周年であり、同式典で大野は日本海海戦で活躍した東郷平八郎、加藤友三郎、秋山真之の子孫との懇談の機会を得た。
 統幕事務局長がNaval War Collegeの中でいみじくも述べているように、明治の指導者は出口戦略の重要性を実に良く理解していた。また当時の陸軍と海軍は実に優れた共同運用を行っていたとも言う。歴史の中には現代の教訓になる事実が実に多く隠されている。今年のゴールデンウィークはそうした歴史の教訓に触れる期間であった。
 
2005.4.10 旧海軍慰霊碑・忠魂碑
 イスラエルのオルマート副首相兼産業・貿易・労働大臣の来日に伴ってコーヘン駐日イスラエル大使から夕食会のご招待頂いた。オルマート大臣やコーヘン大使とは中東和平に対して日本がどのように貢献できるかなど貴重な意見交換を行った。ところで、夕食会に同席していたある方と、先日発見された旧海軍の慰霊碑と忠魂碑の話題になった。
 これは、昨年発生したスマトラ沖津波災害で、自衛隊がスマトラで救援活動を行っていた時期に、旧日本海軍の慰霊碑が倒壊しているのをインドネシア軍が発見。イ軍が海上自衛隊に連絡。イ軍と海自が共同で復旧・清掃作業を行ったものだ。調べてみると、同慰霊碑は、旧海軍が現地人労務者の為に建立した慰霊碑であり、何十年という歳月の後に現地軍(イ軍)によって発見され、日本の自衛隊と共同して復旧作業をしたことになる。
 心と心の触れ合いを感じさせる逸話、自衛隊によるソフトパワーである。
 
2005.4.4 NATO事務総長来日

 NATOスケッフェル事務総長が来日。都内のホテルで会談した。テロや大量破壊兵器(WMD)の拡散防止に対して共通した認識をもっているNATOとは、今までも十分な協力関係を築いてきているが、大野は会談の機会を増やしてはどうかと提案、事務総長も同意して頂いた。
 
2005.3.24 「自然の叡智」 愛知万博開催

 「おはようございます!」 朝7時。警視庁防衛庁長官担当警護官の清々しい言葉で始まった3月24日。待ち望んでいた21世紀初の万博「愛・地球博」が愛知県で開催される日だ。午後1時。天皇・皇后両陛下ご臨席のもと、陸上自衛隊音楽隊の高らかなファンファーレを合図に開会式が盛大に開かれた。この歴史的な開会式に大野も出席させていただいた。万博のテーマは「自然の叡智」。先日、京都議定書が発効したばかりだが、21世紀は、「環境問題を真剣に考えるとき」から一歩進んで「自然との共存を真剣に考える」時代になっている。開会式での総理の言葉にもあるように「もったいない」という日本語を大切にしていかなければならない。そのためには3Rと呼ばれる「リデュース」「リユース」「リサイクル」を徹底していかなければならない。
 
2005.3.22 ダウナー豪外相来訪

 防衛庁長官の執務室に、比較的ラフなスタイルの面々が、時として20人以上も詰め掛ける事がある。プレス関係者だ。今日は報道対象の来訪者が多く、階下にあるプレスルームから階段を昇降するだけでも大変そうだ。
 今回、オーストラリアのダウナー外相が大野を訪れて来られた。大野から外相にサマワへの豪軍派遣に謝意を伝え、さらに現地での情報共有を含め連携を強化するよう提案したところ、外相も同意くださった。これを機に、日豪関係の更なる発展を祈る。
 横長写真は会談中の様子。先方は駐日豪大使や駐在武官。当方は今津副長官を初め防衛庁主要幹部。縦長写真は会談後の様子。左から今津副長官、大野、ダウナー外相、豪大使。
 
2005.3.21 防衛大学卒業式

 卒業証書授与の後に卒業生が帽子を一斉に投げる光景で有名な防衛大学校卒業式。残念ながらこの帽子の光景は見ることができなかったが(総理と防衛庁長官は卒業証書授与後に退場するため)、卒業生の、やる気に満ちた眼差しが印象的だった。最近、自衛隊に対する国民や国際世論の期待が高まっているため、337名のそれぞれの意気込みが十分伝わってくる。「日本のソフトパワーを担う卒業生には本当に頑張ってもらいたい」、と大野は周囲に語る。もう1つ印象的だったのが、女性が1割弱にも達していること、そしてタイ・モンゴル・インドネシア・ベトナム・韓国からの留学生が12名もいることだ。彼らには是非がんばってほしい。一方で、扇参議院議長も後の懇親会でおっしゃっていたことだが、今回は任官辞退者は22名となった。色々事情もあるだろう。しかし防衛庁・自衛隊としてはこの数を0にするよう努力していきたい。
2005.2.23 フーン英国国防相との電話会談

 2月23日夕刻。防衛庁長官副官が長官執務室に電話会談用機材を持ち込みセッティングを始める。会談が滞りなく行われるようチェックも入念だ。イラク・サマワの治安維持にあたっていたオランダ軍の撤退が決まり、その後任に英国軍が当たることになった。それに関連してのフーン国防相との電話会談だ。会談は通訳を介さないフランクなスタイル。話も弾む。
 会談の中でオーストラリア軍のサマワ派遣の話題が出た。大野が2本の足で立つより3本の方が心強い、と伝えたところ、フーン国防相は笑いながら、それは日本の諺にあるとおりだ、と同意。フーン国防相は、毛利元就が息子達に与えた「三本の矢」の逸話を引いた訳だ。
 会談の雰囲気から日本が期待されていることを感じることができた。こうした期待や感謝に喜びを見出し活動するということを若い世代に学んで欲しい、と大野は後日、記者との懇談の場で語った。
(後日、オーストラリア国防相やオランダ国防相とも電話会談を行い、謝意を伝えた)
2005.2.19 日米安全保障協議委員会(2プラス2)

 2月18日午前。市ヶ谷にある防衛庁内での会議を無難にこなした大野は、午後の便で米国ワシントンDCに向かった。外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(通称”2プラス2”)に出席するためだ。先方はライス国務長官とラムズフェルド国防長官。当方からは町村外相と大野である。この会議はかなり前から準備を進めていたが、会議直前になるまで調整作業が続いた。出国後の機内でも入念に書類に目を通す。「お疲れじゃないか」という周囲の心配をよそに、機内で次々と指示を出す大野。いつもと同じようにエネルギッシュだ。この会議の趣旨は、日米の安全保障上の関係を確認するものだ。今回は特に米軍が世界的規模で実施している再編問題(トランスフォーメーション)に焦点が当てられた。
 ホテルに着くと報道関係者が大勢待ち構えていた。睡眠不足からか表情に疲れが見える。しかし説明責任がある。記者さんへは対応はいつもどおり柔軟だ。その後、直ぐに日本側担当者との打ち合わせを開始。ベッドに入ったのは現地時間の夜12時を越えていた。
 19日朝、時差ぼけを感じる暇も無く先方との協議に入る。会合場所は米国務省。10名程度のラウンドテーブルだ。まず会議室に入ってきたのは国防長官。日本側のスタッフにも気さくに声をかけ、握手をする。今後協力していこうというメッセージが伝わってくる。次に国務長官。IQが高いと噂される彼女の目線は鋭い。しかし表情やしゃべり方は穏やかだ。
 国内では対米追従批判が聞かれるが、全くそういった雰囲気は無い。言うことははっきり言う。終わったら酒を飲みながら無駄話をして仲良くなる。大野の口癖、Nommunication(飲みュニケーション)である。再編問題のキーは基地問題だ。現下の国内環境で米軍の駐留が日本の安全保障にとって必要不可欠なのは当然だ。しかし地元負担も大きな課題だ。特に数値に表れない負担(例えば騒音や漠然とした不安)に対する配慮が重要だ。これを十分考慮に入れ今後協議することを提案したところ、先方も大きく頷いた。出て行けと言ってしまえば米軍は遠慮なく出て行くだろう。これは失策だ。数ヶ月以内の解決に向けて全力で取り組もう、と心意気新たに周囲に語る大野の目には闘志が漲っていた。(関連文書:防衛庁・外務省
2005.1.8-13 尼・星・馬・韓国訪問

 1月8日(土曜日)、習志野陸上自衛隊第一空挺団の初降下演習を視察した大野は、その足で成田に向かい、インドネシア、シンガポール、マレーシア、韓国を訪問。各国で防衛首脳会談を行った後、13日に帰国した。各国の気温の違いは30度にも達し(インドネシア約27度、韓国約―7度)、冬から夏へ、夏から冬への移動となった。
 各国での防衛首脳会談では、スマトラ津波災害復興のための日本の国際協力や昨年末策定した防衛計画の大綱、ミサイル防衛など、幅広い意見交換を行った。

シンガポール(*1) リー・クワンユー内閣顧問を表敬。 マレーシア(*2)
韓国軍キャンプボニファス(板門店)(*3) 板門店視察(*4)

*1)シンガポール テオ・チーヒン国防相との日星防衛首脳会談にあたって儀仗を受ける大野よしのり。

*2)マレーシア ナジブ国防相との日馬防衛首脳会談にあたってマレーシア国防省で儀仗を受ける大野よしのり。右の台上はナジブ国防相。後方左上に見えるのはツインタワー。

*3)朝鮮半島分断と板門店の歴史と現状について、板門店付近で韓国軍現地指揮官から説明を受ける大野。

*4)板門店。韓国・北朝鮮のどちらにも行政管轄権が無い特殊な地域。前後左右800m程度の小さなエリア。会談を行える部屋の中央に軍事分界線(Military Demarcation Line)が走っており、独特の緊張感が漂う。窓の外には北朝鮮兵士が確認にやってくる。
2005.1.4-6 防衛庁長官就任後初の地元入り

 昨年9月に防衛庁長官に就任して以来始めて地元入りを果たした。4日午前、市ヶ谷の防衛庁本庁で年頭訓示やスマトラ沖地震関連の会議を行い、午後の便で地元に入った。直行したのは実家のある香川県豊浜町。「まずは親父、お袋に報告したかった」と大野。墓前に手をあわせ、これまでの苦労を周囲に語った。実家の前では支援者に囲まれ、帰郷報告を行った。夕方から5日にかけて、丸亀、琴平、観音寺の各会場で行われた大野よしのり後援会の主催する就任祝賀会に出席。長年にわたってご支援を賜っている後援者の皆様の祝福に涙ぐむ姿もみられた。6日は岳父加藤常太郎を墓参し、夕方の便で上京した。
2004.12.4 イラクサマーワ視察
( 政治日記より )

 サマーワの治安状況と復興支援活動について説明を受ける大野。ハッサーニ知事から、「本当は私が大野長官を市内に案内したかった。夜10時まで2人でいても何もおきないという自信がある」と言われた。市内を視察に行くと、多くの人がほぼ無条件に手を振ってくれた。イラク派遣決定からほとんど宿営地外で活動しているのに、1件もトラブルが起きていない。それどころか、多くの市民から感謝されている。
昼食時にお邪魔する。隊員から現場の話を聞く。 宿営地で隊員がとっている昼食と同じものを食べる。 オランダ軍指令との会談 ムサンナ県のハッサーニ知事と再会

2004.11.29 オランダ国防大臣 防衛首脳会談

 陸上自衛隊がイラク人道復興支援活動の本拠地としているムサンナ県サマーワ市。この地域の治安維持を担当しているのがオランダ。そのオランダのカンプ国防大臣と防衛首脳会談を行った。これまで日本が人道復興支援活動を行えたのもオランダ軍の治安維持活動のおかげであり、大野はカンプ大臣に謝意を伝えた。カンプ大臣からは、今後はイギリスとの相談になるとの話を頂いた。
2004.11.26 クウェート国防大臣 防衛首脳会談

 イラク人道復興支援で、航空自衛隊が物資輸送のための本拠地としているクウェートのジャビル副首相兼国防大臣との防衛首脳会談を行った。イラク国内の情報を頂いた。
2004.11.19 日米防衛首脳会談他
 米国の大統領選後、防衛庁長官として始めて渡米した。ワシントンDCに到着後、直ぐにチェイニー副大統領を表敬訪問し、次いでラムズフェルド国防長官との日米防衛首脳会談、そしてアーミテージ国務副長官と会談を行った。また旧知の仲である、下院議長のハスタート氏を訪問し、社会保障から安全保障まで幅広い議論を行った。そのほか、米国の下院議員の仲間との懇親やノーフォーク基地を視察などのスケジュールをこなした。強行軍ではあったが、密度の濃い訪問であった。

米国国防省正門にて
ラムズフェルド国防長官
に出迎えられる
下院議長の事務所にて 専用機でノフォーク基地
に向かう
揚陸艦上でタイソン女史
(艦長)と
艦長から艦内の説明
を受ける大野

2004.11.15 米国国防次官 ファイス氏 来訪 
 主に米軍再編に関する意見交換を行った。日本の安全保障にとって抑止力の維持は必要であるが、基地周辺の地元の理解と協力が必要であり、その負担軽減を考えなければならない。このように申し上げ、地元住民の負担に配慮するようお願いした。
2004.11.13 陸自第四次隊旗授与式
 陸上自衛隊の第四次イラク派遣部隊第一陣約200人をお見送りするために仙台を訪れた。国家の安全と国民の安心を担う隊員の皆様。安全には防衛庁長官として責任を持ちます。ご家族の皆様、どうかご安心ください。


2004.11.7 防衛庁・自衛隊50周年記念 観閲式 (朝霞訓練場 埼玉県)
 観閲行進を元気いっぱいに行う自衛官の姿、国を守る精悍な顔つき、使命感にあふれる眼、私は感動した。観閲式に集まってくれた二万人を超える国民の皆様も、恐らく同じ思いであったに違いない。

2004.11.6 防衛庁・自衛隊50周年記念 ロゴマーク、キャッチフレーズ 応募作品採用者来訪
 防衛庁・自衛隊50周年を記念して一般募集していたロゴマーク、キャッチフレーズ。採用された方とお会いしてお話しを伺いました。
【防衛衛庁・自衛隊50周年記念ロゴ】

2004.11.3 新潟県中越地震被災地現場視察
( 政治日記より )
被災地視察の様子
2004.10.27 イラク復興支援活動の部隊長と直接テレビ会談
 陸上自衛隊第3復興支援群長、海上自衛隊派遣海上部隊指揮官、そして航空自衛隊イラク復興支援輸送航空隊指令の3方とテレビ会談した。それぞれ現地の状況報告を受けた。安全に十分配慮し、活動してほしいと激励した。

2004.10.26 中国人民解放軍副総参謀長 熊光楷氏 来訪
 北朝鮮問題で六カ国協議での中国のリーダーシップに期待しているとお伝えしたところ、協議再開に向けて努力したいとのお言葉をいただきました。

2004.10.25 国際安全保障コロキアム(防衛庁防衛研究所:恵比寿)
 安全保障の分野で各国の著名な研究者を招いて毎年開催される同コロキアムに出席。三十数年前、私は本研究所で第17期生として安全保障問題について議論した。所内の階段で研修時代の私のネームプレートを見つけ、懐かしさがこみ上げた。
[防衛研修所第17期生 当時の様子]

2004.10.21 フィンランドのハロネン大統領訪日に際するフィンランド大使レセプション
 フィンランドは水が綺麗で有名だが、政治の透明度も非常に高いことでも有名だ。また閣僚のうち大統領を含め約半数の閣僚が女性という。見習うべき点は多い。
フィンランドのハロネン大統領
2004.10.16
航空自衛隊第三期派遣隊、イラク人道復興支援活動を終え帰還 (小牧)
 輸送部隊として、物資だけではなく、日本の心を運んでくれました。また、皆さんの目が清々しく輝いていた事を忘れません。
2004.10.14
チップマン 英国国際戦略問題研究所(IISS)所長 来訪
 防衛・安保について広く意見交換を行いました。
2004.10.13
ファーゴ 米国太平洋軍司令官 来訪
 防衛・安保について意見交換を行いました。
2004.10.12
知日家との会談 ―アーミテージ米国国務副長官 来訪
 我が家へ帰った思いであると言っていた。日本のことを実によく知っており、このような知日家を大切にしていかなければならない、と痛感した。

 米軍普天間飛行場周辺で起きたヘリ墜落事件、イラク問題、トランスフォーメーションと、非常に幅の広い意見交換を行った。特にイラク問題については、当地の自衛隊の復興支援活動に感謝したい、と高い評価を頂いた。
米国アーミテージ国務副長官との会談
2004.10.8
海上自衛隊初度視察(横須賀)
 就任後初めて現場を見て参りました。隊員全員の日頃の努力に敬意を表します。
潜水艦「なるしお」を視察
2004.10.5
イラクムサンナ県ハッサーニ県知事 来訪
 イラクにおける自衛隊の復興支援活動について高い評価を頂きました。今後の平和のためには人的交流、特に留学などを通した若者同士の交流、が重要だとした上で、そのためにも復興が大切であると申し上げたところ、ハッサーニ氏も同意下さいました。

イラク・ムサンナ県 ハッサーニ知事との会談
2004.9.27
防衛庁長官就任のご挨拶


防衛庁儀仗広場にて


[2003年までの活動報告]




大野よしのり事務所ご案内
[東京事務所] [丸亀事務所] [観音寺事務所]
〒100-8981
東京都千代田区永田町 2-2-1
衆議院第一議員会館432号室
 [TEL] 03-3508-7132
 [FAX] 03-3502-5870
 [e-mail] g00994@shugiin.go.jp
〒763−0082
香川県丸亀市土器町東1-129-2
[TEL] 0877-21-7711
[FAX] 0877-21-7701
[e-mail] y.ohno-marugame@almond.ocn.ne.jp
〒768-0022
香川県観音寺市本大町1797-2
[TEL] 0875-23-1231
[FAX] 0875-25-9539
[e-mail] y.ohno-kanonji@almond.ocn.ne.jp

(C) Copyright 2004 Office Yoshinori Ohno All Rights Reserved.